

熊野三山を擁する新宮市で、この地域唯一の蔵元として酒を醸し続けるのが尾﨑酒造。世界遺産・熊野古道のふもと、熊野川水系の伏流水を仕込み水に使う立地そのものが、この「太平洋」という銘柄の背景になっている。
純米吟醸は山田錦を50%まで磨いた一本。グラスに注ぐと、りんごや白桃を思わせる控えめな吟醸香が立つ。華やかさを前面に出すというより、和食の出汁を邪魔しない範囲に香りを抑えてある印象で、食中酒としての設計を感じる。
味わいは、日本酒度+3・酸度1.3という数値どおり、すっきりとした辛口寄り。口当たりはなめらかで、米の旨みが中盤までふわりと広がったあと、後半でシャープに引いていく。アルコール16度と標準的な度数なので、重さは感じず、一杯目から最後まで飲み疲れしにくい。
温度帯としては、冷酒(8〜12℃)でキレと香りのバランスが取りやすい。少し温度が上がると旨みが膨らむので、料理に合わせて温度を動かす楽しみもある。熊野という土地柄、海の幸との相性が良く、鯵の刺身や干物の焼き魚、貝の酒蒸しといった淡い塩気の魚介と合わせると、酒のキレが口の中を整えてくれる。
四合瓶で3千円台と、地酒としてはやや高めの価格設定。ただ、流通の限られた熊野唯一の蔵の純米吟醸という希少性と、食中酒としての完成度を踏まえれば、新宮を旅したときの土産や、和食の席で開ける一本として納得感がある。