

紀土といえば五十%精米の上品な吟醸系という印象が強いが、その蔵があえて八十%しか磨かない純米酒を出しているのは面白い。「あがら」は和歌山の方言で「私たち」を意味し、蔵が自ら関わる地元の田で育てた山田錦を、低精米のまま仕込んだ意欲作だ。磨きを抑えることで米そのものの輪郭を残す、いわば紀土のもう一つの顔である。
色合いはわずかに色味を帯び、見た目から淡麗ではないと分かる。香りは控えめで、上位酒のような華やかな吟醸香はほぼない代わりに、玄米や炊いた米、ナッツを思わせる穀物的なトーンが立つ。グラスを回しても香りが暴れず、地に足のついた立ち上がりだ。精米歩合八十%という数字が、そのまま香りの方向性に出ている。
口に含むと、低精米らしい厚い旨みが押し寄せる。山田錦由来の旨み成分が削られずに残り、噛むような味わいの厚みがこの酒の主役だ。日本酒度はやや辛口寄り、酸度1.7とこのシリーズの中では高めで、その酸が厚い旨みを締めてだれさせない。余韻は長く、旨みと酸のコントラストが舌に残る。個性という一点では、紀土の全SKUの中でも際立っている。
本領を発揮するのは温度を上げたときだ。冷やでも飲めるが、ぬる燗から熱燗にすると旨みが膨らみ、酸が柔らかく溶けて一体感が出る。低精米の純米酒は燗で崩れにくく、むしろ温めて完成する設計と感じた。合わせる肴も力のあるものがいい。ジビエや牛すじの煮込み、厚切りベーコン、きのこの炊き込みご飯といった、出汁や脂、土の香りのある料理にこの旨みと酸がよく効く。
四合瓶で千五百円台という価格は、この個性を考えれば良心的だ。上品な紀土を期待して買うと面食らうかもしれないが、低精米ならではの旨みを味わう一本として、淡麗とも甘旨ジューシー系とも違う立ち位置を持っている。同じ蔵の純米吟醸や無量山と飲み比べると、磨きの違いが酒質をどう変えるかが手に取るように分かる、勉強にもなる一本だ。