

「無量山」は、平和酒造の前身が無量山超願寺という寺だったことに由来するシリーズ名で、紀土の最上位ラインに位置づけられる。三千円台の純米大吟醸でコスパを語られることの多い紀土だが、この無量山はその枠組みを意図的に超えにいった、蔵の本気が見える一本だ。山田錦を二十五%まで磨き込み、紀土という蔵がどこまで精緻な酒を造れるかを示している。
香りはまず立ち上がりからして別格だ。グラスに注いだ瞬間、メロンや洋梨を思わせる上品な吟醸香が静かに、しかし豊かに広がる。レギュラーの純米大吟醸が控えめな含み香だったのに対し、こちらは精米歩合二十五%という磨きが生む透明感のある香気が前面に出る。それでいて派手すぎず、気品を保っているのが平和酒造らしい節度だ。
口当たりは絹のように滑らかで、雑味が一切ない。日本酒度ほぼゼロ、酸度1.52という数値どおり、甘みと酸が高い次元で均衡している。含むと上質な甘みがふくらみ、中盤で山田錦の旨みが層を成し、最後に細く長い余韻が静かに引いていく。突出した個性で押すのではなく、すべての要素が破綻なく溶け合う完成度の高さがこの酒の凄みだ。余韻の長さは紀土の全SKUの中でも随一である。
飲み頃は花冷えから雪冷え。冷やすほど香りと輪郭が締まる。合わせる肴は繊細な海の幸に限る。鯛の薄造り、蟹、帆立の昆布締め、雲丹といった、淡い甘みと旨みの素材に、この酒の透明感が寄り添う。濃い味付けはこの精緻さを壊すので避けたい。
四合瓶で四千円前後という価格は、紀土としては高価だが、二十五%精米の純米大吟醸としてはむしろ驚くほど良心的だ。レギュラーの純米大吟醸が日常の贅沢なら、無量山は記念日や贈答に据える一本。同じ蔵の山田錦五十と飲み比べれば、磨きをここまで突き詰めると酒がどう変わるか、その答えがグラスの中にある。