

紀土のラインナップで「最初に飲むならこれ」と勧められる一本が、この純米吟醸だ。麹米五十・掛米五十五という精米歩合に、五百万石を主体としつつ山田錦を効かせた米構成。純米酒より一段華やかで、純米大吟醸より価格がこなれている、まさにシリーズの中核に座る存在である。
香りは純米酒よりはっきりと吟醸香が立つが、それでも派手さはない。リンゴや梨を思わせる清涼な果実香が控えめに漂い、冷やしすぎなければ米由来の甘い含み香も顔を出す。上位酒のような濃密さはないものの、食事の邪魔をしない程度に整えてある匙加減が心地よい。
味わいは日本酒度ほぼゼロ、酸度1.55という数値が示すとおり、甘辛のどちらにも振り切らない。口に含むと果実的な甘みがふくらみ、中盤で五百万石らしいすっきりした骨格が現れ、最後に酸が軽くキレる。純米酒の素朴さと無量山の精緻さのちょうど中間にあり、紀土という蔵の方向性を一杯で理解できる味の設計だ。
飲み頃は花冷えから涼冷え。冷やすほど輪郭が締まり、温度を戻すと甘みと旨みが開く。ペアリングは繊細な和食に寄せたい。鯛の昆布締め、天ぷら、湯葉、白子ポン酢といった淡い旨みの肴に、この穏やかな吟醸香と酸が寄り添う。出汁文化の和食に対する相性の良さは、紀州の蔵らしい資質だと感じる。
四合瓶で千五百円前後という価格で、これだけ均整の取れた純米吟醸に出会えるのは贅沢だ。純米大吟醸ほどの香りや余韻は望めないが、毎日続けて飲んでも飽きない普段使いの食中酒として、私はこの一本を最も信頼している。