

ゆきの美人は、秋田市楢山登町という市街地のビルの中で仕込まれる珍しい蔵の酒だ。3代目の小林忠彦さんが杜氏を兼ねる小仕込みで、鉄筋コンクリートの蔵に空調を効かせて少量ずつ丁寧に造る。最初にグラスへ注ぐと、色は淡く澄んでいて、派手さよりも端正さが前に立つ。「美人」という銘柄名から華やかさを想像すると、むしろ拍子抜けするほど静かな佇まいの第一印象だった。
香りは穏やかで、青リンゴや若い洋梨を思わせる控えめな果実香に、米のやわらかな含み香が重なる。鼻に抜ける吟醸香で勝負するタイプではなく、口に含んでから立ち上がる香りで気づかせる設計。グラスを回しても香りが暴れず、終始落ち着いている。香り重視の人には地味に映るかもしれないが、食卓に置く酒としてはこの慎ましさがむしろ強みになる。
味わいの軸は、すっと通る酸ときれいな旨みのふくらみだ。日本酒度+4・酸度1.8というスペックの通り、甘さに寄りかからず、美郷錦と秋田酒こまちの旨みが軽やかに広がってから、シャープな酸が後ろを締める。アルコール16.9%だが重さは感じにくい。温度は冷酒(8〜12℃)で輪郭がくっきり出るが、12〜15℃あたりに上げると米の旨みがふっとふくらんで懐が深くなる。冷やしすぎず、少し常温に近づけて飲む帯がこの酒の本領という印象を持った。
ペアリングは、まさに食中酒の見本のような幅広さ。白身魚の刺身やカルパッチョ、塩焼きの魚、だし巻き卵、きのこの天ぷらといった和食の定番にきれいに寄り添う。酸があるおかげで、脂を切りつつ料理の旨みを持ち上げてくれる。逆に単体でじっくり香りを愛でる飲み方より、何か一品をつまみながら盃を重ねる場面で評価が上がる酒だと感じた。
価格は四合瓶でおおむね2,000〜2,500円(参考: 佐金酒店 税込2,090円、はせがわ酒店 税込1,870円)。純米吟醸でこの価格、かつ食事に合わせやすい設計を考えると、日常のローテーションに無理なく組み込める一本だ。華やかな吟醸香で押す銘柄が増えるなか、酸とふくらみで地に足の着いた食中酒を探すなら、まず候補に挙げたい。秋田の小さな蔵が積み上げてきた端正さが、価格以上に伝わってくる。