

「稲造(いなぞう)」は、水戸部酒造が自らの米作りそのものに名前を与えた特別なラインだ。蔵元の愛称であり、自社農園で育てた天童産の出羽燦々を100%使う。買い米の雄町で仕立てる定番純米吟醸とは出発点から異なり、田んぼから酒までを一貫させた「テロワール表現」の純米吟醸として位置づけられている。
香りは控えめで、土地の米らしい穏やかな含み香が中心。派手な吟醸香で勝負する酒ではなく、グラスからは出羽燦々由来の柔らかな穀物の香りと、奥に蔵共通の涼しげな硬水のトーンが感じられる。精米歩合60%という、純米吟醸としてはあえて磨きすぎない設定が、米の輪郭を残す方向に効いている。
口に含むと、自社栽培米ならではの素朴で芯のある旨みが広がり、日本酒度+3あたりの締まった辛口バランスで後口が伸びる。アルコール度数15度とやや低めに抑えてあるぶん、定番の雄町純米吟醸より口当たりがしなやかで、毎日の食卓に置いても疲れない。常温〜ぬる燗(40℃前後)に振ると、出羽燦々の旨みが一段ふくらみ、燗映えする食中酒へと表情を変える。
合わせたいのは、土地の風土に通じる料理だ。干物の焼き魚、山形の芋煮、きのこの炊き込みご飯、だし巻き卵。香りで主張しないぶん、出汁と米の旨みが静かに響き合う。派手な相手より、滋味のある和の総菜に寄せるほど、この酒の「米から造る」という思想が皿の上で完成する。
四合瓶で2,400〜2,900円前後。同じ蔵の定番純米吟醸より一段個性的で、自社米という背景まで含めて味わう一本だ。香りや磨きの数値で語られがちな純米吟醸のなかで、「誰がどの田で育てた米か」を主役に据えた稲造は、編集部としても水戸部酒造の哲学が最も色濃く出たSKUだと考えている。