

タカハシ酒造の「天遊琳 特別純米酒 瓶囲い」は、三重県四日市の蔵が手がける食中純米の代表作。1933年創業の小さな蔵で、伊勢神宮への御神酒も手がける造り手として知られ、すべて手造りの小仕込みにこだわっている。瓶詰め後に蔵の中でじっくり寝かせ、時間とともにまろやかさと米の旨みを育てた「瓶囲い」は、その手仕事が最もよく表れた一本だ。グラスに注ぐとごく淡い黄金色で、立ち上がるのは派手な吟醸香ではなく、米と熟成由来の落ち着いた香り。最初のひと口から「燗にしても冷やでも飲める、骨格のある食中酒」という性格がはっきり伝わってきた。なお担当指定の銘柄は「純米」だが、720mlの実在SKUは特別純米酒(瓶囲い)のため、こちらを試飲対象とした。
香りは控えめで上品。原料米は山田錦・夢錦を用い、精米歩合55%まで磨いた特別純米らしく、米と麹の柔らかな穀物香に、瓶熟成による軽いナッツや栗のニュアンスが重なる。吟醸香で主張するタイプではないので、料理の香りを邪魔せず食卓に溶け込む。
味わいは、柔らかさの中にしっかりした芯がある。含むと米由来の穏やかな甘みと旨みがまず広がり、中盤で熟成由来のまろやかなコクが乗る。日本酒度・酸度は非公開のため数値は編集部の推定だが、体感としては甘辛中庸からわずかに辛口寄りで、酸は穏やか。後半は柔らかな酸とともにすっと引き、余韻に米の旨みが心地よく残る。淡麗辛口の三重酒というよりは、旨みと熟成の丸みを持った中庸タイプで、飲み飽きしない食中酒の王道といえる味筋だ。
温度帯の対応力が高いのもこの酒の真骨頂。冷やでも旨みの輪郭が崩れず端正にまとまるが、本領はやはり燗にある。ぬる燗(40〜45℃)にすると米の旨みと甘みがふくらみ、熟成のコクが一段と立ち上がって燗上がりする。開栓後も日ごとに風味が変化し、まろやかさが増していくので、一週間ほどかけてゆっくり付き合うのに向いた一本だ。
ペアリングは、白身魚の塩焼きや鶏の治部煮、出汁巻き卵、湯豆腐といった出汁の効いた和食と素直に合う。旨みのある酒質なので、繊細な味付けを下から支えつつ、料理の余韻を伸ばしてくれる。価格は720mlで1,800〜2,000円前後と、この完成度と熟成の手間を考えれば十分に納得できる実勢だ。華やかさで惹きつける酒ではないが、燗で本領を発揮する食中純米として、一本常備しておくと食卓が豊かになる。地味ながら長く付き合える、玄人好みの良酒だと感じた。