

三重県伊賀市の森喜酒造場が醸す「英(はなぶさ)」は、自然派の酒造りで知られる小さな蔵の銘柄だ。同じ蔵の「るみ子の酒」のほうが名前は通っているかもしれないが、英はその姉妹銘柄にあたる。伊賀の契約農家と蔵が育てた無農薬の山田錦を50%まで磨いた純米吟醸で、派手さより素材の質で勝負するタイプの一本になっている。なお、この銘柄の蔵元は伊藤酒造ではなく森喜酒造場で、依頼時の蔵名を実在のSKUに合わせて補正した。
香りはとても控えめだ。吟醸酒というと華やかな上立ち香を想像しがちだが、英はほとんど香りを主張しない。グラスに鼻を寄せると、米のふくよかさにわずかな乳酸系のニュアンスが乗る程度。この穏やかさは仕込みに6号酵母を使っていることが効いているのだろう。9号系の華やかさとは違う、地に足のついた香りだ。
含むと、まず米の旨みが静かに広がる。日本酒度+6・酸度1.3という構成のとおり、甘ったるさはなく、旨みのあとを軽い酸とキレが追いかける。無農薬米らしいと言うと感覚的すぎるが、雑味が少なく芯の通った味わいで、飲み進めても疲れない。淡麗一辺倒ではなく、旨みの密度がしっかりあるのが英の個性だと感じた。
温度の許容範囲が広いのもこの酒の美点だ。冷酒(10〜13℃)では輪郭がきりっと締まり、常温まで戻すと米の甘みがふくらむ。ぬる燗(40〜45℃)に振ると旨みが一段とまろやかになり、燗冷ましでもだれない。一本で複数の表情を楽しめるので、温度を変えながらゆっくり付き合いたい。
ペアリングは、しっかりした出汁や塩味の和食が合う。焼き魚、鶏の塩焼き、おでん、根菜の炊き合わせといった素朴な料理に、英の旨みと酸がよく寄り添う。720mlで2,300〜2,800円ほど(蔵元価格は税込2,365円が目安)。流通は特約店中心で量は多くないが、無農薬米と6号酵母で組み立てた、生活に馴染む食中酒として覚えておきたい。