

宇部の永山本家酒造場が手がける「貴」は、若き杜氏・永山貴博さんの名を冠したシリーズで、テロワールと食卓との対話を軸に据えた蔵だ。その純米吟醸 山田錦を編集部で改めて開けてみると、まず感じるのは「自己主張しない強さ」とでも言うべき佇まい。グラスに注いだ色合いはごく淡く、一見するとおとなしい。けれどこの落ち着きこそが、貴という酒の設計思想そのものだと飲み進めるうちに分かってくる。
香りは派手な吟醸香とは対極にある。白い花や青リンゴ、若い洋梨をうっすらと思わせる程度で、鼻に近づけてようやく感じ取れる控えめさ。山田錦を50%まで磨いていながら華やかさを前面に出さないのは、料理の邪魔をしないという明確な意図の表れだろう。香りで酔わせるのではなく、味で寄り添うタイプの酒だ。
口に含むと、入りはなめらかで透明感がある。中盤で山田錦らしい米の旨みがふっくらと広がり、それを酸がきれいに引き締める。日本酒度は+4前後・酸度1.6前後と見立てており(蔵元の公表値ではなく特性からの推定)、数値以上に「酸がきれいに効いている」印象が強い。冷酒(10〜13℃)では輪郭がシャープに立ち、常温に近づくと米の旨みが膨らむ。さらにぬる燗(40℃前後)にすると旨みと酸が一体になって伸び、燗でこそ本領を発揮するという蔵の言葉に納得させられる。冷やしすぎると持ち味の旨みが閉じるので、しっかり冷やすよりは涼冷え〜ぬる燗の幅で楽しみたい。
ペアリングは食中酒として広く受け止める懐の深さがある。白身魚の刺身や焼き魚、出汁巻き卵、鶏の塩焼きといった、素材の味と塩・出汁で構成された料理と特に好相性。酸があるぶん脂のある焼き物にも負けず、燗にすれば冬の鍋や煮物にもよく寄り添う。逆に強い甘辛ダレや香辛料の効いた料理だと、せっかくの繊細な旨みと酸が埋もれてしまう。
価格は四合瓶で2,200円前後(実勢)と、この完成度にしては驚くほど手の届く水準。香りで派手に魅せる一本ではないため初対面では地味に映るかもしれないが、毎晩の食卓に置いて料理と一緒に飲むほど評価が上がる、典型的な「燗まで効く食中酒」だ。日常のローテーションに一本忍ばせておきたい山口の実力派として、編集部は素直に推せる。