

奈良市内の住宅地に蔵を構える八木酒造の「升平」は、地元で長く飲み継がれてきた地酒だ。観光客向けの華やかな銘柄が増えるなかで、升平は徹底して食中酒の路線を守っている。この純米酒は、しじみ約200個分のオルニチンを蓄積するという独自の酵母を使っているのが話題だが、味わい自体はあくまで端正でやや辛口の食中酒に仕上がっている。
精米歩合70%、アルコール度数15%、日本酒度はプラス側で酸度は控えめ。香りは穏やかで、吟醸酒のような果実香はほとんど立たない。その代わり、一口含むと米の旨みが軽く乗ったあと、後半でキレよく辛さが立ち上がり、余韻を長く引かずにすっと消えていく。飲み疲れしにくい、料理を流すための酒という性格がはっきりしている。
こうしたやや辛口の純米酒は冷やしすぎると痩せて感じやすいので、編集部としては冷やでも常温でも、そしてぬる燗から燗冷ましの温度帯で楽しむのを勧めたい。温めるとキレはそのままに旨みが少しふくらみ、燗冷ましにすると角が取れてまろやかになる。一本で温度を変えながら長く付き合える懐の深さがある。
ペアリングは和食の定番が間違いない。アジの干物のような焼き魚、冷奴、肉じゃが、塩で食べる天ぷらなど、出汁や塩味の効いた料理にこの辛口がよく寄り添う。甘い味付けより、素材の味を生かしたシンプルな料理と合わせたほうが、升平のキレの良さが際立つ。
四合瓶で1,300〜1,600円ほどと、毎日の食卓に置くのにちょうどよい価格帯。突出した個性で語る酒ではないが、料理の隣に静かに居てくれる実直さがある。奈良の地元酒の素顔を知りたい人に勧めたい、飾らない一本だ。