

安芸の小京都・竹原に蔵を構える中尾醸造は、自社で分離・培養した酵母「広島吟醸酵母(リンゴ酵母)」を古くから使ってきたことで知られる蔵。高級銘柄「幻(まぼろし)」を生んだ造りの確かさは、普及帯の純米吟醸にもしっかり通っている。今回の一本は精米歩合55%、四合瓶1,700円前後と、純米吟醸としては手の届きやすい価格設定だ。
栓を開けると、自社酵母由来のものか、青リンゴや洋梨を思わせる上品な果実香がふわりと立つ。派手すぎず、料理を邪魔しない程度の品のいい香り。口当たりはなめらかで、日本酒度+4のやや辛口らしくキリッと入ってくるが、すぐに米の旨みが追いかけてくる。酸度1.6が味を引き締め、後口はすっと消える。香りと味のバランスが取れた、完成度の高い一本だ。
飲み頃は8〜12℃の冷酒。冷やすと香りの輪郭が立ち、辛口のキレが心地よい。常温に戻すと旨みがふくらむので、料理に合わせて温度を選べる懐の深さもある。香りを生かすなら冷たいうちに、旨みを楽しむなら少し温度を上げて、と使い分けたい。
ペアリングは繊細な和食がいい。白身魚の刺身や鯛の塩焼き、湯豆腐といった淡い味付けの料理に、上品な香りとやや辛口のキレがよく寄り添う。竹原のある瀬戸内らしく、海の幸と合わせると相性が際立つ。濃い味の料理だと香りが負けるので、素材を生かした一皿と組みたい。
香り・旨み・キレのどれも破綻なくまとまり、価格以上の満足感がある。「幻」を生んだ蔵の実力を、日常の値段で味わえる一本として、広島の純米吟醸の入り口に勧めたい。