

熊谷の三ヶ尻にある権田酒造は、安政年間創業の小さな蔵で、銘柄「直実」は地元の武将・熊谷直実にちなむ。熊谷といえば全国有数の酷暑の町だが、その地で県産酒造好適米「さけ武蔵」を熊谷産で揃えてつくる特別純米を、今回は冷やと燗の両方で確かめた。
冷やでは香りはおとなしく、米のふくよかさがほのかに漂う程度。口当たりはすっきりとして、さけ武蔵らしい素直な旨みが中盤に乗る。日本酒度+5の辛口設計だが、酸度1.5がほどよく効いているため、痩せた辛さではなく旨みを伴った辛口に仕上がっている。最大の特徴は後半のキレで、すっと消えていく潔さは気持ちが良い。
この酒は温度帯で別の顔を見せる。冷やではシャープな辛口、ぬる燗にすると旨みがふくらんで丸くなり、燗をつけてから少し冷ます「燗冷まし」にすると、辛さの角が取れて旨みだけが残る。蔵自身も温度変化を楽しめる酒と謳っているとおり、一本でいくつもの表情を試せるのが面白い。家飲みで温度遊びをするのに向く。
ペアリングは食中酒として幅広い。塩で食べる焼き鳥や天ぷら、白身や光り物の刺身、豆腐料理といった淡麗〜中庸の和食に、辛口のキレがよく寄り添う。脂の強い料理にもキレで対応できるので、献立を選ばないのが頼もしい。常温〜ぬる燗で合わせると、料理と酒の旨みが互いを引き立てる。
四合瓶でおおむね千四百円前後。さけ武蔵を地元産で揃えた特別純米としては良心的な価格で、辛口好きが日常的に飲むのにちょうど良い。派手さはないが、キレと旨みのバランス、そして温度で遊べる懐の深さがある。熊谷の小さな蔵の実直な仕事が、そのまま味に出ている一本。