

秩父の市街地、武甲山を背に建つ武甲酒造の蔵は国の登録有形文化財で、訪ねるたびに「ここは観光地ではなく現役の仕込み蔵だ」と背筋が伸びる。仕込み水は平成の名水百選に選ばれた武甲山の伏流水。中硬水ということもあり、できあがる酒は端正でキレがある。今回はその地元定番である純米酒を四合瓶で改めて飲んだ。
冷やで開けると香りは控えめで、米を蒸したような穏やかな立ち香。口に含むと、ミネラルを感じさせる硬めの酒質に、ほどよい旨みが乗ってくる。日本酒度は表記でやや辛口に振れており、甘ったるさはない。後半はすっと引いていくが、余韻に米の旨みがしっかり残るのが武甲正宗らしいところ。
この酒の本領は温度を上げたときに出る。常温でややドライに感じる輪郭が、40〜45℃のぬる燗にすると一気にほどけ、旨みと甘みがふくらむ。熱めにすると今度はキレが立ってくるので、料理に合わせて温度を動かせる懐の深さがある。冷やして飲む酒というより、温度で表情を変える「食中の燗酒」として手元に置きたい一本。
ペアリングは家庭料理が合う。豚のしょうが焼き、きのこご飯、おでんといった、しっかり味の付いた和食・洋食どちらにも寄り添う。塩で食べる焼き鳥や、味噌だれの料理と合わせると、中硬水由来のキレが脂を流してくれる。逆に繊細な刺身単体だと少し主張が強いので、薬味や濃いめのつまみと一緒のほうが収まりが良い。
四合瓶でおおむね千三百円前後。さけ武蔵を使った地元密着型の純米酒として、この価格でこの安定感なら家飲みのローテーションに無理なく入る。派手さで選ぶ酒ではないが、秩父の水と米の質実さがそのまま出ている。燗をつける習慣のある家にこそ置いてほしい、実用本位の地酒。