
栃木県大田原市蛭畑、大正3年(1914年)創業の天鷹酒造による純米酒「天鷹 純米」を編集部で開けてみた。蔵は「辛口でなければ酒ではない」という言葉を掲げ、有機JAS認証の有機米仕込みでも知られる作り手だ。グラスに注ぐとほぼ無色に近い澄んだ液体で、香り立ちもおとなしい。最初から「食卓で毎日飲み飽きしない辛口」を狙って設計された酒だと、ひと目で伝わってくる端正な佇まいである。なお本稿のスペックは、蔵の辛口路線と有機純米・旨辛系の公開値(精米歩合60〜68%、日本酒度+5前後)を踏まえた標準純米の代表値で、購入時はラベルの実数値を確認してほしい。
香りは穏やかで控えめ。鼻を近づけても派手な吟醸香は立たず、炊いた米の柔らかな穀物香が静かに漂う程度だ。五百万石とあさひの夢を60%前後まで磨いた素直な造りが、そのまま香りの慎ましさに出ている。香りで自己主張せず、料理の匂いを邪魔しない静けさが、この蔵の辛口食中酒らしい性格をよく表している。
口に含むと、米由来の軽やかな旨みがすっと舌に乗り、すぐに辛口のキレが追いかけてくる。日本酒度+5前後の設計どおり甘さの尾はほとんど引かず、後口は早く締まる。淡麗辛口の系譜にありながら痩せた印象はなく、薄く旨みの余韻を残して消えていくバランスだ。冷や(10〜13℃)ではシャープさが際立ち、ぬる燗(40〜45℃)に上げると米の旨みが少し膨らんで角が取れる。冷やでも燗でも崩れない、温度の許容範囲が広い実直な設計だと感じた。
合わせる料理は、淡い味付けの和食から、少し油のある惣菜まで幅広い。焼き魚や天ぷら、塩の焼き鳥にこのキレの良さがよく寄り添い、栃木らしく餃子に合わせても辛口の切れ味が脂をすっと流してくれる。香りで料理と競合しないので、晩酌でつまみを取り換えながら長く付き合える食中酒として使い勝手がいい。濃い味付けを口中でリセットしたい場面でも頼りになる。
価格は四合瓶でおおむね1,500〜1,800円前後(720ml実勢)。突出した希少性や派手な個性を求める酒ではないが、辛口一筋を真面目に守り続け、有機米仕込みという独自の軸も持つ蔵の姿勢が、この価格と味のバランスに素直に出ている。華やかな吟醸酒に少し疲れたとき、食事に静かに寄り添う辛口の一本として常備しておきたい、栃木の王道地酒だ。