

栃木県市貝町の惣誉酒造による「生酛仕込 純米吟醸」。手間のかかる生酛(きもと)造りを軸に据える蔵の代表作で、特A地区の山田錦を55%まで磨いた一本を、編集部でじっくり時間をかけて向き合った。純米吟醸でありながら吟醸香で押さず、生酛の酸と旨みで物語る、骨格のある酒。
香りは穏やかで、派手な吟醸香はない。代わりに、含み香に乳酸を思わせるかすかな酸のニュアンスと、熟れた穀物の落ち着いた香りが乗る。生酛らしい複雑さが、注いだ瞬間ではなく口に含んでから立ち上がってくる。
一口含むと、米のふくよかな旨みと生酛由来の厚みのある酸が同時に広がる。日本酒度+3.5・酸度1.6の数値どおり辛口の骨格を持ちつつ、酸が旨みと絡んで丸みを帯びるため、シャープというより「奥行きのある辛口」と表現したい。余韻は長く、飲み込んだ後にも旨みの尾が残る。精米歩合55%の上品さと生酛の力強さが同居する設計が、この酒の個性を決めている。
温度帯による表情の変化が最大の見どころ。冷酒(12〜14℃)では酸が立ってキレを感じ、ぬる燗(45〜50℃)にすると米の旨みが一気に膨らみ、酸が和らいで別の酒のように丸くなる。生酛らしく燗で本領を発揮するタイプで、温度を動かしながら一本で何度も表情を楽しめる。
ペアリングは、焼き魚や煮物に加え、すき焼きのような甘辛い料理、さらには熟成チーズのような発酵食品とも好相性。生酛の酸が脂やコクを受け止めるので、味の濃い皿に負けない。720mlで2,000円前後という価格を踏まえると、燗まで含めて遊べる懐の深さは出色で、生酛入門としても、燗酒派の常備酒としても勧めやすい完成度。