

喜久盛酒造の「トヨニシキ55 純米酒」を、編集部で抜栓してみた。喜久盛酒造は1894年創業、岩手県北上市に蔵を構える小さな造り酒屋で、地元産米のトヨニシキを55%まで磨いたこの純米酒は、先代蔵元の定番だった「上撰喜久盛」を純米で復活させた一本だという。グラスに注ぐとほんのり山吹がかった色合いで、最初の一杯から「淡麗でクリア」という現代的な路線とは明確に距離を置く、土着的な構えの酒だと伝わってくる。
香りは派手な吟醸香で押すタイプではなく、炊いた米や蒸し栗を思わせる穀物系の落ち着いた香りが中心。鼻を近づけると、奥にわずかな乳酸系のニュアンスと、原酒由来とみられる密度の高いボリューム感がある。華やかさで惹きつける酒ではなく、料理と燗の場面でこそ本領を出す、骨太な香り立ちだ。
味わいの主役は、なんといっても酸。酸度2.1という数字が示すとおり(蔵元・販売店表記による。製造年度やSKUで前後する代表値を採用)、口に含むと米の旨みが厚く広がり、そこへ酸がぐっと差し込んでくる。アルコール17度の原酒らしい飲みごたえもあって、軽快さで勝負する新世代の岩手酒とはまったく別系統。日本酒度+2前後の中庸からやや辛口の設計だが、体感では甘辛よりも「旨みと酸の押し合い」が記憶に残る。
この酒の真価は温度を上げたときに出る。冷酒では酸がやや尖って感じられるが、常温に戻すと米の旨みがほどけ、ぬる燗(40℃前後)から熱燗(50℃近く)にすると酸が旨みと一体化して丸くなる。燗をつけて初めて完成する設計で、冷やして繊細に飲む酒ではない。寒い岩手の冬に、燗で体を温めてきた地酒の文脈をそのまま感じさせる味わいだ。
ペアリングは、淡い和食よりも味の濃い料理が合う。タレの焼き鳥、豚の角煮、味噌おでん、燻製といった、塩気と旨みの強い肴に、この酒の酸がきれいに切れ込んでいく。価格は720mlでおおむね1,500〜1,800円(実勢)と手頃で、燗酒を日常的に楽しむ人なら一升瓶で常備したくなる性格。流行りのジューシー系とは逆を行く、古風で力強い岩手の純米酒として、燗好きにこそ一度試してほしい。