

藤市酒造の「菊鷹 純米吟醸」は、愛知県稲沢市の蔵が手がける山廃造りの個性派。1872年創業の蔵で一度途絶えていた菊鷹ブランドを、南部杜氏・山本克明氏が2012酒造年度ごろから復活させた銘柄として知られる。その後杜氏の異動により近年は流通量が極端に少なく、いまや「幻の酒」と呼ばれる一本だ。原料米は兵庫県産山田錦を主体に愛知県産夢吟香などを組み合わせ、精米歩合は60%前後。グラスに注ぐと淡い黄金色で、香り・酸・旨みのいずれも輪郭がくっきりしており、レギュラー純米吟醸とは一線を画す密度の高さがまず印象に残った。
香りは、吟醸らしい上品な果実香に、山廃由来と思われる乳酸系のふくよかな香りが重なる構成。青リンゴや洋梨を思わせる穏やかな吟醸香の奥に、ヨーグルトや栗を連想させる発酵由来の香りがあり、一口ごとに表情が変わる。華やかさで押し切るモダン系とは違い、香りそのものに奥行きと骨格がある。
味わいは、山廃ならではのしっかりした酸が骨格をつくり、その上に純米吟醸の繊細な甘みと旨みが乗る構造。日本酒度・酸度は商品ごとの公表が乏しく数値は編集部の推定だが、体感としてはやや辛口寄りで、酸が高めゆえに甘みが控えめに感じられる引き締まった味筋。含むとまず旨みと酸がぐっと前に出て、中盤で吟醸香がふわりと立ち上がり、後半は酸のキレが効いてシャープに収束する。淡麗で軽い酒に慣れた口には強めの個性に映るが、酸の効いた骨太な純米吟醸を探している層には強く刺さる味わいだ。
温度帯による変化が大きいのもこの酒の魅力。冷酒(10〜13℃)では酸と吟醸香のコントラストが際立ち、シャープな表情を見せる。一方でぬる燗(40〜45℃)にすると酸が丸くなり、旨みと甘みがふくらんで燗上がりする。山廃純米吟醸らしく冷やと燗で別の酒のように楽しめるので、一本でじっくり付き合いたいタイプだ。
ペアリングは、鴨ロースやきのこのソテー、ぶり大根といった旨みと脂、出汁の効いた料理と好相性。酸がしっかりしているぶん脂のある食材を受け止め、熟成チーズのような発酵食品とも合わせやすい。価格は720mlで3,000〜3,800円前後と純米吟醸としてやや高めで、流通限定ゆえ入手難度も高いが、山廃の酸を軸にした明確な個性は値段相応の説得力がある。万人向けの優等生ではないものの、酸の効いた骨格のある日本酒を味わいたい一杯として、出会えたら逃したくない銘柄だと感じた。