

石川県白山市、加賀の名門・菊姫合資会社による「山廃純米」。昭和58年に日本酒業界で初めて「山廃仕込」と表示して発売された純米酒で、山廃ブームの先駆けとなった一本だ。原料米は兵庫県三木市吉川町・特A地区産の契約栽培山田錦を70%まで磨いたもの。グラスに注ぐと、ほのかに黄金がかった色合いと、穀物やナッツを思わせる落ち着いた含み香が立ち上がる。華やかさよりも、骨格の太さを予感させる第一印象だ。
香りは派手な吟醸香とは対極にある。乳酸を巻き込みながらゆっくり育つ山廃酛らしい、複雑で奥行きのあるニュアンス。熟成感のある穀物香に、わずかな酸のトーンが重なる。冷やしている段階では香りはおとなしく、温度が上がるにつれて旨みと連動して開いてくるタイプで、最初の一杯で全貌を見せない慎重さがある。
味わいは濃醇。一口含むと米のたっぷりとした旨みが舌の中央にどっしり乗り、それを酸度2.2前後のしっかりした酸が下から支える。日本酒度はほぼ中央値だが、甘ったるさはなく、旨みと酸が拮抗して力強い印象を残す。温度帯による変化が大きい銘柄で、冷酒(12〜14℃)では酸とキレが前に出てやや硬質、常温で旨みがほどけ始め、ぬる燗(45〜50℃)で米の旨みが最大限に膨らむ。熱燗(55℃前後)に振っても香りが暴れず骨格が崩れないのは、山廃の地力の証だ。編集部の試飲では、この銘柄は燗で本領を発揮すると全員の評価が一致した。
ペアリングは、味の濃い和食。ぶり大根や煮物、もつ煮、脂のある焼き魚と合わせると、山廃の酸が料理の脂とコクを受け止め、口中をリセットしてくれる。繊細な白身の刺身よりも、出汁や醤油でしっかり煮含めた料理のほうが相性が良い。冬場の鍋やおでんを前にぬる燗で傾ける、そんな飲み方が似合う。
価格は720mlで1,500〜1,800円前後と、この風格に対して驚くほど手頃だ。特A地区産山田錦の契約栽培と手間のかかる山廃仕込みを考えれば、コストパフォーマンスは破格と言ってよい。淡麗辛口や華やかな吟醸とは異なる、米の旨みと酸でぐいぐい押してくる「男酒」の世界。山廃という造りの基準を知るうえで、まず一本手元に置いておきたい定番として編集長・丸山も推す。